墨染寺blog~ぴぐ坊のつれづれ日記~

ぴぐ坊こと当山副住職が仏教のことを中心に、日々のよしなし事を綴ります♪

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教化研究会議に行ってきました!

昨日7月3日、滋賀県近江八幡にて行われた、
「日蓮宗近畿教区 教化研究会議」
に参加してきました☆

この教化研究会議(略して「教研会議」)は年1回近畿の各管区で持ち回りで開催されます。
文字通り、教化(きょうけ、きょうか、と読みます)について学んだり、議論したりします。
つまり、「教化」とは平たく言うと「布教」という意味になりますので、
「これからの檀信徒の皆さんへの布教、未信徒の方々への布教を、どのような問題意識を持ってやっていくべきか」
ということについて、講演を聴いたり、ワークショップなどを通して学ぶ勉強会のようなものです。

RIMG1757.jpg

今回のテーマは
「もう一度考えてみよう 今、仏教の担うべき役割~立正安国と災害~」
というものでした。

RIMG1759.jpg

このテーマで立正大学・慶応大学講師宗教学者正木晃先生の講演を伺いました。
非常に内容も面白く、勉強になった講演でした。
昨年の3月11日に発生した東日本大震災
この未曾有の大災害を受け、宗教や宗教者がどのように関わってきたのか、そしてこれから関わっていくのか、また仏教を伝える僧侶として、日蓮宗の僧侶として、この震災をどう捉え、どう関わっていくのかを改めて問い直さなければならない、といった内容をお話下さいました。
先生のお言葉の中で、
「僧侶でなくてもできることと、僧侶でなければできないこと」
この2点をはっきり分けて考えていかなければならないと仰られました。

仏さまの慈悲の心、これは「慈」「悲」に分けられ、
「慈」は与楽(よらく、楽を与える)、「悲」は抜苦(ばっく、苦しみを取り除く)という2つの意味が合わさっています。
ですので、仏さまはこの大慈悲心、「抜苦与楽」のお心をもって、私たち衆生を導いて下さっています。
苦しみを取り除き、楽を与える・・・
「僧侶でなければできないこと」はこの「抜苦与楽」にこそあったのではなかろうか??
と講義を拝聴し、反省しました。。。

私もちょうど昨年の今頃、被災地に赴きました。
青年会の先輩と2人で東松島市でがれき撤去のお手伝いをし、翌日は東松島と南三陸町を唱題行脚しました。想像以上の被害の大きさに、立ちすくむような感覚を持ったことを思い出します。「非力」な気持ちも抱きました。昨日の講義を聴いて、プロの僧侶としてもっとできることがあったのではないか?と思うと同時に、まだまだ被災中だと言える現状、これからを見据えていかなければいけない、と思いました。

日蓮宗僧侶としては、やはり「立正安国」とは何か?という問いをはずしてはいけないと思います。
先生のレジュメには、
「日蓮宗が社会の難問に取り組むのは、日蓮聖人からの要請」
と書かれていました。
「夫れ仏法を学せん法は、必ず先ず時をならふべし」
という『撰時抄』とう御遺文をひかれていました。

日蓮聖人は「時」と「国」というものを非常に重視されました。
「時代」と「国土」というもの。
現在の状況を鑑みれば、我々日蓮宗僧侶は、大震災を経た今という時代を考えなければならない、
地震や津波の被害だけではなく、原発事故による放射能汚染という形で汚れてしまった国土というものを考えなければならない、
先生の講義を聴いて、強くそう思いました。
これからも、日々精進でございます。
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  1. 2012/07/04(水) 22:11:08|
  2. 宗門関係
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