墨染寺blog~ぴぐ坊のつれづれ日記~

ぴぐ坊こと当山副住職が仏教のことを中心に、日々のよしなし事を綴ります♪

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結成50周年記念講演会

先日9月27日(木)、私が所属する京都日蓮宗青年会が主催する、
結成50周年記念講演会「お寺・僧侶を考える」第3回講演
「日蓮宗僧侶とはどうあるべきか」
を、本山頂妙寺さまを会場にお借りし、開催いたしました。

京都日蓮宗青年会は、今年で結成50周年を迎えます。
その記念すべき年にあたる今年度、いくつかの記念事業をおこなっています。
その一環で、5月から連続講演会という形で、3人の先生を講師にお招きし「お寺・僧侶を考える」という大きなテーマを設定し、講演を賜っています。

第1回「お寺とは、どうあるべきか」 の講演では、「葬式仏教」と揶揄されたり、「寺院の公益性」を問われたりしている寺院の現状を踏まえ、秋田光彦先生を講師にお招きし、本来のお寺の在り方をもう一度問い直すべく、講演をお願いしました。

第2回「僧侶とは、どうあるべきか」の講演では、仏さまの教えを弘める役割を担っているはずの僧侶自身が、僧侶らしからぬ行動をし世間を騒がせているのを耳にする中、小野文珖先生を講師にお招きし、我々僧侶は自ら懺悔し、自ら誓願し自ら起ち上がり身・口・意の三業における自行化他をしなければならない、と教えて頂きました。

そして今回、締めくくりとなる第3回は、
「日蓮宗僧侶とは、どうあるべきか」
と題して、「お寺」「僧侶」に続き「日蓮宗に所属し、日蓮聖人の教えを伝えていく我々日蓮宗僧侶とは、一体どうあるべきか」を今一度問い直すべく、講演を賜りました。

講師は、東京八王子 善龍寺ご住職 澁澤 光紀先生

澁澤先生は、東京都西部の教化センター長をお務めで、宗派や教団の垣根を越えて日蓮教学を研究されたり、出版物を刊行されたり、日蓮聖人の教学の現代社会での実践を目指して活動されています。

DSC02893.jpg

そんな澁澤先生の講義は、非常に刺激的で、なおかつ、普段疑問に思っている部分に対するヒントを与えて下さるような講義で、大変興味深く講演を拝聴いたしました。

澁澤先生は講演の中で、 「内相承的・外相承的」という言葉を使われました。
これらは、日蓮聖人が、お釈迦様がお開きになられた仏教というものが、自分にどのように伝わってきたのか、ということを「内と外」という言葉で表現されたものですが、これを我々日蓮宗僧侶に置き換えて、「日蓮聖人の教えを私たち自身がどのように受け止めているのか」、ということを問われました。
「外相承」というのは、日蓮宗の内部にいて、法式であったりご祈祷の方法であったり、教団内部で継承されるもの
「内相承」というのは、日蓮聖人の弟子として、その教えを自ら継承していくこと。
日蓮宗の僧侶になったから、自動的に日蓮聖人の教えをそのままそっくり受け止められるか、といったらそうではなく、自らに問い続け、吟味し続けなければならない、そこから出発しなければならない、と仰いました。

そして、講演の後半では、現在の日蓮宗宗門が抱えている教学上の議論が話題に上りました。
本覚思想・御遺文真偽未決問題・摂折論争・『立正安国論』の現代社会での解釈・・・etcこれらのことを、これから悪戦苦闘しながら、答えを見つけていかなければならないことを痛感させて頂きました。

講演の結びに

いま求められているのは、不軽菩薩のように地道に一人一人語りかけながら自らを錬磨して徐々に立正安国の理想に近づいていく、そうした岩盤を穿つような持続した布教=不軽行ではないか。

と仰られ、講演を閉じられました。

DSC02895.jpg

先生の熱いお話が盛り上がり、質疑応答で、さらに盛り上がり(笑)
約30分ほど超過して、今回の講演が無事に幕を閉じました。

講演会後も先生を囲んでの食事会を行い、そこで更にディープな話が!(笑)
たくさん勉強になるお話を聞くことができ、有意義な一日となりました。
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  1. 2012/09/29(土) 22:00:20|
  2. 京都日蓮宗青年会
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