墨染寺blog~ぴぐ坊のつれづれ日記~

ぴぐ坊こと当山副住職が仏教のことを中心に、日々のよしなし事を綴ります♪

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書作展、開催されました!!

前回ご案内させて頂いた「玄遊社 書作展」。
先日3月22日~24日の日程で開催されました!!

不肖私の作品はコチラ! ↓↓↓

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今回は、日々お唱えしている『法華経』の「如来寿量品第十六」の中に出てくる、

「常懐悲感 心遂醒悟」
(常に悲感を懐いて 心、遂に醒悟す)

という一節を選ばせて頂きました。
私が大切にしているお経文の中の一つです。
深く辛い悲しみの気持ちこそ、それを常に懐いていることによって、悟りの道に達する、という意味。
身を切るように辛い悲しみも、逃げずに受け止めることが大切だ、このように私は受け止めております。
多かれ少なかれ、人生の中で悲しみを経験しない人などいない。
その悲しみを、どう受け止めるのか、逃げずに受け止めることができるのか、そこに分岐点があるような気がいたします。
そして、そこに仏さまの大慈大悲のお心があるのではないかと思います。
今回この一節を書かせて頂き、技術不足は見ての通りですが、何度も何度も書き、この一節を作品として完成させることができたことを、非常に嬉しく思っています。過去の作品と比べて、感慨深いものがありました。

また、今回の書作展で、先生の作品や他の門下の方々の作品を拝見し、大変刺激を受けました。
今回は、チャレンジ精神あふれた意欲作が多く、とても勉強になりました。
もうすでに来年の作品の構想ができております☆
来年も、頑張って気持ちを込めて作品を書いていきたいと思います!

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◆こちらは先生の作品。「遍」と書いてあります。「遍く(あまねく)」という意味。仏さまの教えが「遍く」広がっていく、その思いで書かれたそうです。いつか、一字を表現できたらいいな、と思いますが、一体いつになったらそんなことができるようになるやら。。。精進あるのみですね(^^;)
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  1. 2013/03/25(月) 16:19:06|
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~玄遊社書作展のご案内~

お正月の頃にチラッと記事にした「書作展」が明日から開催されます!

私が習っている書道の先生が主宰する「玄遊社書作展」
私ぴぐ坊も、2年ぶりに作品を出品させて頂きました。
去年は修行に行っていたのもあり、出品できませんでしたが、今年は何とか作品を完成させることが出来ました。
今年の作品は、法華経のお経文からとらせて頂きました。
決して上手くは書けませんでしたが、自分の中で大切にしているお経文を書かせて頂いたということで、気合いを込めて書いたつもりです。
どんな作品かは、ご来場頂いてのお楽しみです(笑)
以下の要領で開催されます。ご都合が合えば、是非是非足をお運び下さい!
先生以下、門下の方々の作品は、どれも素晴らしい作品が目白押しです☆

☆★第六回 玄遊社書作展★☆
日時:平成25年3月22日(金)<13時~17時>
             23日(土)< 9時~17時>
             24日(日)< 9時~16時>
場所:みやこめっせ2階 美術工芸ギャラリーB
  (左京区岡崎成勝寺町9-1、℡:075-762-2681)


平安神宮近くの「みやこめっせ」の一室での開催です。
早春の京都観光のついでに是非!

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  1. 2013/03/21(木) 17:25:51|
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☆★春季彼岸会★☆

だいぶ暖かくなってきました!!
今年は早くから暖かくなったからか、桜の開花が例年よりも段違いに早いようですね☆
当山のソメイヨシノも、一昨日には開花しました。
去年より10日から2週間ほど早いのではないかと思います。
見頃は来週末とかになってしまうのかな。。。
当山では、毎年4月8日のはなまつり(灌仏会)に合わせて、護持会の総会と懇親の花見の席を開いています。
その頃まで持つかどうか。。。少し心配な今日この頃です。

そんなこんなで、先日3月18日、当山の彼岸会法要を厳修致しました。
当山では珍しく、あいにくの雨模様。。。
午前中は何とかもっていた雨も、ちょうど皆様がお参りに来る頃に雨が降り出しました。。。
しかし、足元が悪い中、たくさんの方にお参り頂きました。
そして、参拝して下さった檀信徒の皆様の囲繞唱題の中、無事彼岸会をお勤めすることが出来ました。

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彼岸会の後、私ぴぐ坊より、先日の東北訪問のご報告をさせて頂きました。
ボランティアの様子や、三回忌法要の様子などをまとめたプリントをお配りし、お話しさせて頂きました。
長時間の法要の後でしたが、皆様、熱心に聞いて下さり、誠にありがとうございましたm(_ _)m

最後に、法要前に撮った、境内に咲く早咲きの桜の写真をアップ致します☆

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  1. 2013/03/20(水) 16:54:59|
  2. 墨染寺
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3月12日 名取~身延山~京都帰着

東北訪問3日目。最終日。

この日は朝4時半に起床、5時に出発しました。
仙台市の南となりの名取市の閖上地区へ向かいました。
閖上地区は、津波により750名もの方々がお亡くなりになられた場所。
犠牲者の方々へのご供養のため、唱題行脚をさせて頂きました。
少し小高くなったところから、日の出と共にお自我偈一巻、お題目をお供えさせて頂きました。

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その後名取市を後にし、一路京都へ帰路につきました。
しかし、直接京都に帰らずに、日蓮聖人に今回の東北訪問のご報告をということで、途中身延山に立ち寄りました。
首都高で事故渋滞にはまってしまい、到着したのが午後4時頃。。。
なかなかハードな帰り道になりました。

さて、身延山に立ち寄ったのは、大聖人へのご報告の他に、もう一つ理由がありました。
それは、現在身延山大学で制作中の「悲母観音像」!
この悲母観音像は、岩手県陸前高田市に安置される予定の観音様で、当初の予定では3回忌に合わせて建立される予定だったのが、延期となりまだ大学の方にいらっしゃる、ということで今回立ち寄ったわけです。
昨年11月に行われた「いのりんぴっくin京都」で、来場者の方々に書いて頂いた復興祈願の写経を、この悲母観音様の頭に納めさせて頂くというご縁もありました。
是非お顔を拝見させて頂きたいと思いながら、なかなか足を運べずにいたので、今回は念願の初対面となりました。
身延山大学の柳本先生のご案内で、いよいよご対面!
高さ3メートルの立派な観音様が!!

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これから手と足を付けて、飾り付けや色彩を施し、まもなく完成とのこと。
念願叶って拝見したお姿に、ただただ合掌。。。

制作されている柳本先生曰く、ご遺族の方や被災地の方が手を合わせるこの観音様は、野仏のようなものではダメなのだと、大きくて重厚で誰の目から見ても立派だと思わせるような観音様でないといけない、そう仰いました。
初期段階ではまだまだ軽い感じだったのが、彫り進めていくうちに、亡くなられた方々の思い、ご遺族や被災者の方々の思い、全ての想いを引き受けるにふさわしい観音様に、自然とそうなっていったのだそうです。
しかも、この観音様は出開帳もされるそうで、ご希望であれば被災地のどこにでも出開帳できるようになっているのだそうです。
この観音様が、亡くなられた方々の悲しみを引き受け、ご遺族の方々や被災地の方々の心の拠り所となること、復興を目指す人たちの灯火のような存在となることを、願ってやみません。

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そして、身延山大学を後にし、日蓮大聖人が眠る御廟所を参拝させて頂き、今回の旅のご報告をさせて頂きました。

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そして、京都に向けて進路をとり、夜11時過ぎ、無事に帰着いたしました。
超過密スケジュールでしたが、被災地を訪問させて頂き、様々なことを考えさせられました。
やはり一番大切なことは、祈り続けること、支援を続けること、風化させないこと、よりよい社会を築いていくこと。
これらのことを、決して忘れず日々を過ごしていこうと思います。
今回は3回忌という、いわば節目の時となりましたが、どんな時でも都合がつけば、現地を訪れ、できる支援活動をしていかなければならない、そう実感しました。

以上、3日間の東北訪問の報告と致します。
  1. 2013/03/19(火) 19:50:34|
  2. 参拝記
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3月11日 石巻 3回忌法要・慰霊塔開眼法要

東北訪問2日目。

3月11日は、石巻で行われた東日本大震災犠牲者3回忌追善法要・慰霊塔開眼法要に出仕させて頂きました。
東北地方の各地で3回忌法要が営まれていましたが、私たち京都日青のメンバーは、縁あって石巻の法音寺さまで行われた3回忌法要と慰霊塔開眼法要に出仕させて頂きました。

京都の先輩上人を通じて、石巻に慰霊塔が建立されることを知ったのが年末くらいだったと思います。
神奈川の青年会に所属する久住上人が発起人となって、法音寺さまが管理される土地に、慰霊塔が建てられることになりました。
その土地の周辺は、家屋や工場、職場などが津波で流され、600名もの方々がお亡くなりなった、最大級の被害があった場所です。
法音寺の谷川住職は、慰霊塔建立の趣旨説明の中で、
「未曾有の大震災を300年先にも語り継がれるような慰霊塔を今だから建てたい。建物が解体されて何もなくなった故郷に、手を合わせることのできる場所が欲しい。」
と語られました。
津波によって、何もかもが流されてしまったその場所は、手を合わせる対象物すら無い状況だったそうです。これでは亡くなられた精霊に供養することもできない、ということで、久住上人と谷川住職が慰霊塔建立を発願された、という経緯があったのです。
私たち京都の僧侶も、この趣旨に賛同し、慰霊塔建立のお手伝いをわずかながらさせて頂きました。
そういった経緯で、3月11日に開眼されるその慰霊塔にお参りをすることとなったのでした。

法要参列に先立ち、午前中に石巻市内を慰霊行脚させて頂きました。
まずは、石巻市内の日和山公園という高台にある公園にて、海岸に向かって一読させて頂きました。
日和山から見た被災地の様子に、津波の恐ろしさを改めて感じました。
この日は前日の暖かい気候から一変し、冷たい風が吹き荒れ、最高気温が4度という寒さ。
2年前の3月11日も、恐らく寒かったであろうことを思い、津波に流された方々や被災された方々が、どんなに恐怖と寒さに心を震わせていらっしゃったか、本当に胸が詰まる思いがしました。

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そして日和山を下り、石巻市内を唱題行脚しました。

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津波が3階部分まで押し寄せたであろう小学校の校舎など、まだまだ震災の傷跡が残る建物を見て、言葉にならない感情がこみ上げてきました。

唱題行脚を終え、法要が行われる法音寺さまに向かいました。
法音寺さまは高台にあるお寺で、震災当時、被災者の方々の避難所として開放されていたそうです。
最前線で、被災者の方々や遺族の方々と向き合ってこられたお寺です。
初めは、3回忌法要に参列させて頂くだけ予定だったのですが、御住職のご厚意で、法要に式衆として出仕させて頂きました。
13時より始まった3回忌法要に、150名もの参列者の方々がお見えになっていました。
私も、心を込めて一心に読経・唱題をさせて頂きました。

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そして、3回忌法要終了後、移動して、慰霊塔開眼法要の場所を訪れました。
「久遠の祈り」と名付けられた慰霊塔。

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風が強く、気温も非常に寒い中、屋外で行われた開眼法要にも、100名近くの参列がありました。
参列された方々が、静かに手を合わせ、祈られているお姿がとても印象的でした。
この慰霊塔が、被災者の方々、遺族の方々が祈りを捧げ、心の拠り所となることを心からお祈り致します。
そして、これからも私たち僧侶だからできる「慰霊・供養・鎮魂」という目に見えない支援を、「久遠の祈り」として続けていかなければならない、そう思いました。
お亡くなりになられた方々の追善菩提、また被災者の方々の心の平穏、被災地の早期復興を、心より祈念申し上げます。

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◆法音寺の谷川住職と奥様
  1. 2013/03/17(日) 21:19:21|
  2. 参拝記
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3月10日 南三陸町ボランティア

3月10日~12日の3日間、宮城県に行って来ました。
2年前の3月11日に起こった東日本大震災
その東日本大震災の犠牲者の方々が三回忌を迎えるにあたり、京都日蓮宗青年会の有志で被災地を訪れました。
現地で、ボランティア活動・慰霊行脚・3回忌慰霊法要出仕、といった活動をして参りました。
何回かに分けて、報告の記事を書かせて頂きたいと思います。

3月9日の夕方17時頃、京都を車で出発し、宮城県南三陸町を目指して走り出しました。
3月とはいえ、夜道の運転でまだまだ雪や凍結が心配だということで、北陸道経由ではなく、東名~首都高~東北道というルートで東北を目指しました。
新東名を初めて走りましたが、道も広く、夜でも明るく、大変走りやすい高速でした。
走りやすすぎて、ややスピードが。。。(汗)

3人で交代しながら運転すること13時間、朝6時前くらいに南三陸町に到着しました。
私は震災が起こった年の夏、慰霊行脚に南三陸町を訪れたのですが、その当時はまだ生々しく家や建物が残されていたり、道路が曲がりくねっていたりと、まざまざと被害の様子を見せつけられました。
今回は、残されていた建物が取り壊されていたり、少しではありますが道が整備されていたりと、少しずつですが前に進んでいる様子も伺えました。
しかし、広がっているのは更地で、そこにかつて町があったということも想像できないような光景がまだまだ続いています。恐らく被災されている方は、まだまだ気が遠くなるような時間と辛抱を強いられているのだろうな、ということを思いました。

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さて、被災地訪問1日目は、南三陸町でのボランティア活動に従事させて頂きました。
南三陸町のボランティアセンターに到着し、少し朝ご飯を食べて、1時間ほど仮眠を取って、ボランティア活動に参加しました。
私たちが参加したボランティアは「漁業支援」ということで、ワカメ漁をしている漁港でのお手伝いをさせて頂きました。
漁港から少し高台に上がったところにある小屋で、取れたワカメを出荷用に仕分けをする、という仕事でした。

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◆高台から見た南三陸の海。風が強い日で波も高かったが、町を飲み込むほどの津波が来たとは思えないような景色でした。

朝9時からお昼の3時まで、ワカメの仕分け作業をさせて頂きました。
その漁港の皆さんから、震災当時のことや、現在の生活のことなど、様々なことを伺いました。
そこの漁港は、もともとは個人でワカメ漁を営んでいらっしゃったそうなのですが、津波で船や道具などが流されてしまったので、国から補助金をもらって、共同でワカメ漁を再開されたそうです。
仮設住宅に住まわれている方もいらっしゃいました。
被災後しばらくは、電気も止まり、情報もなく、自分達だけが被災していると思っていらっしゃったそうです。
食べるものも少なく、地元の高校生達が、食べ物を求めて一山越えて40キロの道のりを「お米を下さい」と言って歩いてまわられた、というお話しを聞いて、胸が詰まる思いをしました。
東京などの都心で被災された方が、水や食料の買い占めに必死だったことを考えると、東北地方を「周辺」と位置づけてきた「中央」の傲慢さを改めて思いました。

しかし、漁港のお母さんは、ボランティアに訪れた私たちを「宝だね」と仰って下さいました。
若い人が手伝ってくれるだけで、活気が出てくるし、仕事もはかどるし、君たちは宝だ、と。
そして、ボランティアに来てくれたお陰で、少しずつだけど元気も出てきたし、復興も進んできているんだ、と。
恐縮至極なお言葉でした。
1日しかお手伝いできない私たちに、そんな言葉を掛けて下さり、優しく受け入れて下さるお姿に、頭が下がる思いで一杯でした。
こんな風に、前向きに生きていらっしゃるお姿に、こちらが励まされたような気がします。

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今回のボランティアでもう一つ感じたことは「手仕事」の大切さです。
1日だけ、という非常に短い時間でしたが、ワカメに直に触れて作業をしていると、自然とその自分が触ったワカメに愛着が沸いてくるということでした。

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「手塩にかけて」育てられて、私たちの口に入り、栄養となって命を繋ぐことができる、という普段は忘れてしまっていることを、改めて思い返す機会となりました。
「大量生産、大量消費」の社会の現在、食べ物に限らず何でも、「手塩にかける」ということが、ほとんど「便利」と「合理」に取って変わられているように思います。
被災後に生きる私たち、また同時に次の被災前を生きる私たちは、これからこの「手塩にかける」ということを心に留めた社会作りを真剣に考えなくてはいけないのではないか、と思いました。

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ボランティアの後、南三陸の海岸にて、震災犠牲者の方々のご回向と復興祈願の読経をさせて頂きました。
次の日は石巻での3回忌法要に出仕させて頂きましたが、次の記事で報告させて頂きます。

  1. 2013/03/15(金) 13:20:31|
  2. 参拝記
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春季彼岸会のご案内

昨日まで、宮城県まで行っていました。
3月11日の東日本大震災から2年、犠牲になられた方々の第3回忌慰霊法要に出仕したり、被災地での慰霊行脚ボランティア活動などの活動を行ってきました。
2泊4日(!?)のハードスケジュールでしたが、何とか無事に帰京することができました。
その被災地での報告は、後日詳しく、何回かに分けて記事にしていきたいと思います。

さて、3月も中盤にさしかかろうとしています。
段々と暖かくなってきました。三寒四温を肌で感じる毎日ですね☆
当山の早咲きの桜が、東北から帰ってきてみてビックリ、満開に近くなっていました。
春はもうそこまで、といった感じです♪
そんな春の到来を表す「寒さ暑さも彼岸まで」という言葉がありますが、まもなくお彼岸の一週間が始まります。
3月17日~24日までの一週間が「お彼岸」の期間です。
ご先祖さまの菩提を弔うと共に、「六波羅蜜」という菩薩になるための仏道修行を行う期間でもあります。
当山でも、このお彼岸の期間の中で「彼岸施餓鬼法要」を厳修致します。

■□■□■□ 平成25年 墨染寺 春季彼岸会のご案内 ■□■□■□ 
○日時:平成25年3月18日 14時~
○場所:墨染寺本堂


28 春・秋彼岸会

少しずつですが、暖かくなってきましたので、お出かけもしやすいかと思います。
お一人でも多くのご参拝を、心よりお待ち申し上げます。
  1. 2013/03/13(水) 23:01:25|
  2. 墨染寺
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日本の未来を考える~京都日青勉強会~

先日3月3日、私が所属する京都日蓮宗青年会が主催する、青年男女の方を対象とした勉強会が開催されました!
この勉強会は、京都日青の「青年教化活動」の一環で年に2~3回開催される勉強会で、学生の方や社会人の方に仏教・法華経・お題目の教えに、少しでも触れて頂きたいと思って開催しています☆
今回は、今年度の最後の勉強会ということで「日本の未来を考える」という、少し突っ込んだテーマで講義や座談会などが行われました♪
不肖私ぴぐ坊も講義させて頂きました☆

一講目の大西上人「日本の抱えている諸問題」という講題で、TPPや原発問題を中心に、政治的・経済的に日本が陥っている目に見える部分での問題点についての講義でした。

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続いて第二講、私ぴぐ坊の講義は・・・
「どうなる!?日本の価値観~宗教心・信仰心のゆくえ~」
と題して講義をさせて頂きました。
半数以上の日本人が「無宗教」と言われる昨今、宗教心・信仰心はどうなっていくのか、またどうなっていくべきなのか、ということを皆さんと考える、そんな講義をさせて頂きました。
この青年会の勉強会では、過去に何回か講義をさせて頂いていますが、毎回反省。。。
上手く伝えきれないもどかしさを毎回感じます。。。
これから、たくさんの方のお話しを聞いたり、自己研鑽を積んで、自身の確信を上手く言葉にしてお伝えできるように頑張りたいと思います。

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その後は、青年会会長の座長の下、参加者の皆様と今回のテーマ「日本の未来を考える」について話し合いの場を持ちました。

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そして最後に、日蓮宗の修行法の一つである「唱題行」をみんなで行いました。
参加者の皆様のそれぞれの祈りと決意が込められたお題目が、堂内に響き渡りました。

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なかなか内容が濃い勉強会となりましたが、参加者の皆様にとって少しでも持ち帰るものがあったなら、嬉しいなと思います。

墨染寺でも、若い方がたくさん集まって、こういった勉強会ができたらいいな☆
  1. 2013/03/06(水) 22:15:24|
  2. 京都日蓮宗青年会
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時を経て・・・~無名童女霊位、供養塔婆建立~

昭和45年3月15日、東山区にある阿弥陀ヶ峰の山中に、4歳くらいの幼い女の子の遺体が発見されました。
そのご遺体は、司法解剖の結果、他殺と断定されました。
その後の捜査でも、名前も身元もわからず、いまだに両親も見つかっていません。

そんな悲しい事件があった年の5月、私が所属する京都日蓮宗青年会の当時のメンバーが、阿弥陀ヶ峰へ慰霊供養に出かけました。ご遺体が発見された場所に、角塔婆を建立し、供養されたそうです。
その時の青年会委員長であられた、現・立本寺貫首 上田日瑞猊下「不幸せな子どもたちに、仏さまの光を」と仰られ、この言葉が一年間の運動方針となったそうです。

そしてその翌年、このような悲しい事件が繰り返されないように、また、仏さまの光を一人でも多くの子どもたちに広げようと、第一回目の「修養道場」が開催されました。
それからこの「修養道場」は、歴代の青年会員に連綿と受け継がれ、昨年で42回の開催を数える歴史ある道場となっていったのでした。
修養道場のメインテーマである「仏さまの光を私たちのまわりに広げましょう」は、42年経った今でも、変わることなく受け継がれています。

この修養道場が始まるきっかけともなった「無名童女霊位」の供養を、歴代の会員で行ってきた歴史があるのですが、先ほど書いた、当時建立した角塔婆も長い年月で朽ち果て、その場所を特定するのが難しく、深い山中なので記憶も曖昧なまま現在に至る、という状況がありました。

そこで、結成50周年の節目に、一番初めに角塔婆が建立された場所を特定し、そこで無名童女の供養をさせて頂こう、と現役の青年会員で決断しました。

一昨年くらいから、当時の先輩方に様々なお話しを伺い、その証言を基に、一つの場所を割り出し、そこに昨年の修養道場で行った43回忌の大塔婆を建立し、供養のお経をあげるべく、先月の2月26日に阿弥陀ヶ峰に出発しました。

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「一つの場所を割り出した」とはいえ、確証はなく、頼りとしている先輩方の証言も、その人によって違ったり、記憶が曖昧だったりな状態でした。
また、当時の角塔婆建立時の写真が残っているのですが、その写真も確かな手掛かりにはならず、現場に到着してからも、「ここに建てようか、いや違う、あそこの方が証言にあってるのでは」と、手探り状態で場所を探しました。

1時間ほど探したでしょうか、もうこの辺りでいいのでは、と半ば諦めかけたその時、ハイキング中のご夫婦と出会いました。
そのご夫婦に、「こんなところで何をしているのですか?」と尋ねられ、事情を説明すると、ご主人が「あ!覚えてるよ!確かに供養塔が建っていたよ!私はもう何十年もこの山を歩いているから間違いない!」と仰られました。
何とも言えないお導きの瞬間でした。

その場所は、私たちが探していた場所とは違う場所だったようで、ご親切にもそのご夫婦が案内して下さいました。
そして、「着きました」と言われて案内された場所に立ち、本当にここなのかな・・・と不安に思っていたその時、
「あ、こんなところにお塔婆が建っている!!」
と、古い塔婆を見つけたのです!!

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その塔婆には「平成十年三月三十日」と日付けが入っていました。
これこそ、思いあるお上人さまが、こちらに供養に来られていた証拠!
そして、何より当時の先輩がここに角塔婆を建立された場所であるとの確証となったのでした。
無名童女さまが「変化の人」を遣わし、私たちをお導き下さったのだと、とても有り難く、感慨深いものを感じました。

案内して下さったご夫婦にお礼を述べ、こちらに大塔婆を建て、会長導師の下、一読させて頂きました。

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50周年の節目に、時を経て、無名童女さまに供養でき、本当によかったと思います。
この京都日青に初めて入会させて頂いた当初から、この無名童女さまのご供養をしなければ、と思いながら修養道場に携わってきました。なかなか実現できませんでしたが、今回、供養の場に参加できて、非常に感慨深いものがありました。
これからも「仏さまの光を私たちのまわりに広げましょう」の修養道場のメインテーマを受け継ぎ、修養道場をはじめとした青少年教化活動に精進しなければならない、と改めて思いました。
そして、このことを次代の青年会員に連綿と受け継いでいくことが、私たちの使命であるということも認識することができました。

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  1. 2013/03/04(月) 16:24:36|
  2. 京都日蓮宗青年会
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