墨染寺blog~ぴぐ坊のつれづれ日記~

ぴぐ坊こと当山副住職が仏教のことを中心に、日々のよしなし事を綴ります♪

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【今日のなるほど】『春宵十話』

9月に入りました!
先日は、「ブルームーン」ということで、キレイな満月が夜空に浮かんでいました☆
お月様がキレイな季節になって参りました。
朝晩が涼しくなって段々過ごしやすくなってきています。
暑い夏が終わり、秋がやってくる。また季節が巡っていきますね。

さて、【今日のなるほど】、本日は岡潔『春宵十話』を読んだのでご紹介いたします☆

春宵十話

岡潔さんは、京大出身の数学者だそうで、数学の研究はもちろん、名随筆家としても知られています。
「数学者」ということで、理詰めで語るイメージがありましたが、その眼差しは非常に柔らかく「日本という国」、「東洋的なるもの」を常に心に抱き続けていらっしゃった方なのだなあと、文章を読んで拝察しました。

本の中で「教育」について語られている部分がありますが、
「"情緒"というものを教育では教えていかなければならない!」と仰っていました。
また、「はしがき」には、
「私が急に少しお話ししようと思い立ったのは、近ごろのこのくにのありさまがひどく心配になって、とうてい話しかけずにはいられなくなったからである。」
と書かれています。1963年のことです。
今こそ岡先生に語ってもらいたい、そんな"今の"「このくにのありさま」を思います。

さて、今回の印象に残った部分を紹介します。

よく人から数学をやって何になるのかと聞かれるが、私は春の野に咲くスミレはただスミレらしく咲いているだけでいいと思っている。咲くことがどんなによいことであろうとなかろうと、それはスミレのあずかり知らないことだ。咲いているのといないのとではおのずから違うというだけのことである。私についていえば、ただ数学を学ぶ喜びを食べて生きているというだけである。


「自分らしく」「自分探し」という言葉が時々聞かれますが、ともすれば「自分」というものに囚われすぎて抜け出せなくなる、そんな危険もあるかと思います。
「自分」を越えたところに境地があるのだろうと思います。
上の文章を読んで、非常に仏教の考えと近いところがあるなあ、と思いました。

宮澤賢治さんの「雨ニモマケズ」の一部分、
「アラユルコトヲジブンヲカンジョウニ入レズニ」
も、上の文章と通じる部分があるように思います。

我欲を捨てて、仏道に精進する。。。
「聞法歓喜讃 乃至発一言 則為已供養 一切三世仏」
(法を聞いて歓喜し讃めて、ないし一言をも発せば、則ちこれすでに、一切三世の仏を供養するなり。)
そんな生き方ができればいいな、と思いました。
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  1. 2012/09/03(月) 23:55:51|
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