墨染寺blog~ぴぐ坊のつれづれ日記~

ぴぐ坊こと当山副住職が仏教のことを中心に、日々のよしなし事を綴ります♪

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☆★ 「お中日」ってなあに?? ★☆(お彼岸のお話~その②)

さて、前回の記事の続きです☆

今日は秋分の日、お彼岸のお中日♪
秋分の日といえば、昼の長さと夜の長さがちょうど同じになる日。
太陽が天の赤道上にあり、ほぼ真東から昇って、ほぼ真西に沈む。
「祖先をうやまい、なくなった人々をしのぶ日」として、国民の祝日の一つになっています。
(ちなみに、春分の日は「自然をたたえ、生物をいつくしむ日」と定められています。)
そんな秋分の日、22日に当たるのは、なんと116年ぶりだそうです!!
暦の不思議、天体の不思議を感じます。

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さて、前回では「お彼岸の期間や意味」について解説しましたが、
今回は「お中日」についてお話してみたいと思います。

上にもあるように、「祖先をうやまい、なくなった人々をしのぶ日」と定められていますので、
このお中日の日に、お墓参りに行ったり、お寺にお参りに行かれた方も多数いらっしゃると思います。
当山でも、もちろん彼岸会を営み、各家のご先祖さまへのご回向をさせて頂きました。

そんな秋の彼岸のお中日、前回の記事で説明した
「迷いの岸から悟りの岸へ至るための仏道修行期間」
というお彼岸の意味から考えて、「ご先祖さまへの感謝」の他に、
もう一つ大切なことを教えて頂く日
でもあるのです。

話変わって・・・

お釈迦様は、お悟りを開かれる前、自らの体をとことんまで痛めつけるような苦行をされていました。
減食に始まり、果ては断食を行ったり、呼吸をとめる瞑想を続けたり・・・
肉体の限界を超越して、悟りに到達しようとされたのでした。
頬はこけ、あばら骨がくっきりと浮き出るほどに、痩せ衰えられたお釈迦様。

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ある日「このような苦行では、決して悟りを開くことなどできない」と考えられたお釈迦様は、苦行を捨て、菩提樹の下で瞑想を始められます。
そしてついに、お釈迦様はこの世界の真理をすべて究め尽くされ、悟りを開かれたのでした。

この時にお釈迦様がお悟りになられたことの一つを、
「中道」
といいます。

「中道」とは「苦」や「楽」また「善」や「悪」というような、
二項対立的なものを超越し、極端に偏ることなく、「真ん中の道」を歩み続ける
ということを言います。
お釈迦様は、身体を痛めつける苦行だけでは、本当の悟りに至ることはできない、
「苦」や「楽」という対立する概念を超越したところにこそ真理がある、
と悟られたのです。

お彼岸の中日は、上にもあげたように、昼と夜の長さが同じになる一日
このような日に、お釈迦様の悟りの境地でもある「中道」というものを自分も観じて、
自らも仏になること、自らも仏になれること
に思いを致す一日でもあるのです。

日蓮大聖人もご遺文の中で、

苦をば苦と悟り、楽をば楽とひらき、苦楽ともに思合て、南無妙法蓮華経とうちとなへゐ(唱居)させ給へ。『四条金吾殿御返事』

と仰っています。
「苦楽ともに思合わせて」・・・
これこそが「中道」なのではないか、と思います。

どちらの極にも偏らない「ちょうどよい」「いい加減」の境地・・・
この秋の夜長に、このような仏さまの境地を、是非とも観じてみてはいかがでしょうか。。。

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  1. 2012/09/22(土) 22:05:49|
  2. 年中行事・ご聖日
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