墨染寺blog~ぴぐ坊のつれづれ日記~

ぴぐ坊こと当山副住職が仏教のことを中心に、日々のよしなし事を綴ります♪

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【今日のなるほど】~『宗報』1月号を読んで思ったこと~

今年の春頃、うちのお寺から歩いて数秒のところに、新しいスーパーができます。元々は銀行があったところで、その銀行が支店をたたんだので、その跡地に京都でチェーン展開しているスーパーができることになりました。
今、その工事の真っ最中で、すでに基礎はできあがっています。
うちのお婆さんは、「こんな近かったら、うちに冷蔵庫いらんで」と冗談を飛ばしながら、この新スーパー誕生を歓迎しています。
確かに、齢80を超え、足腰もだいぶ弱ってきた祖母にとっては、必要な日用品を揃えようと思ったら、歩いて10分弱かかる大手スーパーまで買い物に行かなければなりません。
そのことを考えたら、格段の違いでしょう。

しかし、元々「墨染商店街」として数多くの専門店が建ち並んでいたお寺の前を東西に横切る墨染通りは、もはやかつての面影も残さず、コンビニや美容室や駐車場が立ち並ぶ通りへと変わっていきました。昔ながらのお店は、数えるほどしか残っていません。
そう考えると、スーパーが目と鼻の先にできることを手放しでは喜べない気持ちになります。

先日、宗門から『宗報』が送られてきました。

宗報1月

これは、日蓮宗が毎月発行している寺院向けの機関誌で、日蓮宗内外の情報が掲載されています。
その『宗報』の「現宗研だより」というページに、現宗研所長である三原正資上人が、福島県いわき市生まれの社会学者の開沼博さんの著書を引用されながら、次の文章を寄せていらっしゃいました。

 開沼さんは、沖縄県名護市長選のマニフェストを見せられたときのことを次のように書いている。

「名護市を観光地として盛り上げ、雇用を生み出すことなど、様々な目標が掲げられていた。そして、そのページの一番下に書いてあったのが、「スターバックスを誘致します。まちなかの憩いの場の一つとしてスターバックスを誘致します」という文言だった。(略)「東京的なるもの」の誘致によって、この地に明るい未来が開かれていくんだという夢を住民に見せる」

 私は3.11後、しばらくして注目を浴びた開沼さんのものの考え方をつねに意識したが、その考え方そのものは60年代から70年代にもただよっていたと記憶する。それを意識しないでいられなかったのは、私自身、現在も本来の生活の場は「地方」にあり、私の街-広島県福山市-の<スターバックス>も人びとの評判になるからだ。1950年代の終わりに誘致した製鉄会社の景気は昔ほどではない。たまたまゲンパツではなかっただけで、溶鉱炉が夜通し赤い炎を吹き上げていた頃は、大気汚染とともに経済はうるおった。地方都市の悩みはどこも同じである。


郊外に大きなショッピングモールが建ち並び、地元の商店街が軒並みシャッターを閉めた地方の風景は、もはや当たり前の風景と化しました。
日本中のどこに住んでいても等しく同じような消費ができる、という夢を叶えるために建ったその「東京的なるもの」は、実はそれはもっと大切なものを失いながら、代償を払って得た現実となってしまったのではないでしょうか。

近所に新しいスーパーができる、という小さな日常の変化から、大きく話が飛躍した感がありますが、日本の問題の相似形として見えてしょうがないのです。京都は言っても都市部、贅沢なことを言う、とお叱りをうけそうです。また、便利になることは、悪いことばかりじゃないことは分かっているのですが、何かモヤモヤしたものが残ります。

何百年もその土地に根ざして教化活動を行ってきた「お寺」に期待されている役割は大きい、今回現宗研の記事を読んでそう思いました。その期待をお寺や僧侶が担えるか、ここに相似形の問題を解決する糸口があるのでは、と勝手に考えています☆
なかなか実践に移せないのが、難点です。反省。。。
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  1. 2013/01/22(火) 21:22:16|
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