墨染寺blog~ぴぐ坊のつれづれ日記~

ぴぐ坊こと当山副住職が仏教のことを中心に、日々のよしなし事を綴ります♪

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願い・祈り ~七夕に考えたこと~

連日、猛暑が続いていますが、いかがお過ごしでしょうか?
私が所属する青年会のメンバー達も、熱中症や体調不良でダウンする者が続出。。。
こまめな水分補給など、体調管理には呉々も注意していきたいものです。

さて、先日は七夕でしたが、皆様、お願い事はされたでしょうか??
いろいろな所で、お願い事が書かれた短冊をつるした笹の葉を見かけました。

「サッカーが上手くなりますように!」
「もっと勉強ができるようになりますように!」

といった個人的なお願い事が多い中、
「世界が平和になりますように」
というお願い事があり、とても目を引きました。

無題

法華経を信仰されていた宮澤賢治さんは『農民芸術概論』という書物の中で、
「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」
と書かれました。
ともすれば「自分さえよければ」と考えがちな現代の私たち。
この言葉を真剣に受け止めなければならないと思う今日この頃です。

日蓮聖人は『諫暁八幡抄』というお手紙の中で、
「一切衆生の同一の苦は 悉くこれ日蓮一人の苦と申すべし」
と書かれています。
全ての人の苦しみを自己の苦しみと受け止める、日蓮聖人の慈悲のお心を感じる一節です。
このことこそが、日蓮聖人の法華経・お題目を弘める原動力だっただろうと思うのです。
法華経・お題目の教えというものは、決して個人の救済のみを目的としたものではありません。
この世の中を浄土にしていくこと、仏国土を顕していくこと、「立正安国」の世の中を作り上げることこそが、法華経・お題目を信仰する者が尽力していかなければならないことなのです。

願い、祈り、誓う。
何を願い、何を祈り、何を誓うのか。
このことを改めて考えさせられた、七夕の一日でした。

追記。
昨日7月8日、日本山妙法寺さまが主催する「平和行進」に参加してきました。
(詳しくはコチラをご参照下さい)
立正安国・世界平和を祈りながら、唱題行脚の修行をさせて頂きました。
日本山の皆様、誠にありがとうございました。
猛暑が続きますが、ご無事で広島・長崎まで向かわれることを、心よりご祈念申し上げます。

平和行脚

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  1. 2013/07/09(火) 22:45:55|
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